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東京高等裁判所 昭和63年(行ケ)220号 判決

一 本件に関する特許庁における手続の経緯、本件審決理由の要点、本件商標の構成指定商品、出願日及び設定登録日が、いずれも原告主張のとおりであることは、当事者間に争いがない。

二 取消事由に対する判断

1 本件審決が、本件審判手続において原告が本件商標の登録無効事由として商標法四条一項一一号(以下「一一号」と略称する。)違反を主張したのに対し、「本件商標と類似であると主張する登録商標の構成および登録番号を特定していないから、この点に関する判断をすることができない。」として、一一号が定める要件の存否について具体的判断をなさなかつたものであることは、成立に争いのない甲第一号証の記載から明らかである。

2 そこで、原告の一一号違反の主張に関し、「本件商標と類似であるとする登録商標の構成及び登録番号を特定していない」とした本件審決の判断の当否について検討する。

成立に争いのない甲第九号証によれば、原告は、本件審判手続において、次のような無効審判請求理由及び証拠方法を記載した昭和五九年一月九日付審判請求理由補充書(以下「理由補充書」という。)を提出したことが認められる。

(1) (本件商標の登録までの経緯)(略)

(2) 請求人は、先ず自己の所有する本願出願前周知の「マスチン」を引用する。(以下、略)

(3) (本件商標と「マスチン」の比較)(略)

(4) 次に、請求人は本願出願前周知著名の商標「マスチゲン」、「ビタミンマスチゲン」、「VITAMASTIGEN」、「マスチゲンB12」、「mastigenB12」、「マスチゲンベレツト」(甲第五号証の一乃至七及び甲第六号証の一乃至四)を引用する。(以下、略)

(5) 叙上の如く、本件商標はその出願前周知であつた引用商標と称呼上類似し、かつ指定商品も抵触するものであるから商標法第四条一項一〇号、同一一号及び同一五号に該当し、従つて同法第四六条一項によりその登録は無効とされるべきものであります。

ご審理の上、請求の趣旨どおりの審決をお願い致します。

証拠方法

甲第一号証乃至第四号証(略)

甲第五号証の一 商標登録第三四五二五三号登録原簿

甲第五号証の二 商標登録第三五三三〇五号登録原簿

甲第五号証の三 商標登録第四〇八〇〇〇号登録原簿

甲第五号証の四 商標登録第四一三六九〇号登録原簿

甲第五号証の五 商標登録第六三四〇八五号登録原簿

甲第五号証の六 商標登録第七七八一七八号登録原簿

甲第五号証の七 商標登録第八四九九七六号登録原簿

(甲第五号証の一乃至七は御庁備付のものを援用する)

甲第六号証乃至甲第八号証(略)

この事実によれば、理由補充書中に証拠方法として記載された「甲第五号証の一ないし七」(このうち「甲第五号証の二乃至七」が本訴における甲第三乃至第八号証の各一、二である。)は登録番号を明記した商標登録原簿であり、これが直接には請求理由(4)の周知著名商標として引用されているから、いずれも本件商標権者である被告以外の第三者に帰属する登録商標であることを理由補充書の記載自体からうかがうことができる。そして、請求理由(5)において形式上一一号違反の主張をしながら、右主張と関連づけて類否判断を求める登録商標を具体的に摘示していないか、理由補充書中に被告以外の第三者に帰属する登録商標として記載されているのは、前記「甲第五号証の一ないし七」だけであり、かつ「(甲第五号証の一ないし七は御庁(特許庁の意)備付のものを援用する。)」と付記されていることからみて、不十分ではあるが、理由補充書の記載自体から右「甲第五号証の一ないし七」が一一号違反の主張の関係でも引用される登録商標として摘示されたものと解することができる。すなわち、本件審判手続において、原告は、登録商標である「甲第五号証の一ないし七」を商標法四条一項一〇号(以下、「一〇号」と略称する。)違反及び一一号違反の両者についての引用商標として本件商標と対比すべきことを主張したものと解されるのである。

そうであれば、本件審判手続において、一一号違反の主張との関係で本件商標と対比すべき登録商標は登録番号により特定されているということができるから、特許庁は自らが保管する商標登録原簿により、構成、指定商品、出願日及び設定登録日を調査し、一一号所定の要件の存否を検討したうえで、原告の一一号違反の主張に対し判断すべきであつたのであり、その意味で一一号違反に対する本件審決の前記判断は当を得たものとはいいがたい。

もつとも、民事訴訟に近い当事者対立構造による無効審判手続においては、請求人の主張中に一一号所定の要件をすべて明確にさせたうえ、証拠方法を提出させることが望ましい手続運営であることはいうまでもなく、その意味で、原告の理由補充書における一一号違反の主張はきわめて不十分であるといわざるを得ない。しかし、そうはいつても、無効審判手続は本質的には行政手続であり、職権主義が支配するのであるから(商標法五六条一項、特許法一五三条参照)、民事訴訟同様厳格な主張責任を当事者に負担させることは相当ではなく、特に本件では、特許庁自らが保管する商標登録原簿について、原告が理由補充書により特定した登録番号を手掛りに調査すれば足りることであるのに、これをしなかつた特許庁の審理が十分であつたということはできない。

3 本件審判手続において、原告の一一号違反の主張に対する審理が十分でなかつたことは前記のとおりであるが、成立に争いのない甲第三ないし第八号証の各一、二によれば、原告が本件審判手続において、一〇号及び一一号違反の主張に関し、前記のように「甲第五号証の一ないし七」(本件審判手続における書証番号)として引用した登録商標のうち本訴においても一一号違反の主張の関係で維持するのは「同号証の二ないし七」であり、その構成、指定商品、出願日、出願公告日、設定登録日、更新登録日が請求の原因三1の(一)乃至(六)(引用商標(一)乃至(六))のとおりであることが認められ、他方前記のように、原告は本件審判手続において一〇号違反の主張をし、これに関し、いわゆる周知著名商標として、「甲第五号証の一ないし七」により「マスチゲン」、「ビタミンマスチゲン」、「VITAMASTIGEN」、「マスチゲンB12」、「mastigenB12」、「マスチゲンベレツト」を引用しており、これらの称呼は、一一号違反の主張に関する前記引用商標(一)乃至(六)のいずれかと同じである。しかして、本件審決は、一〇号違反の主張に関し、本件商標と周知著名商標として右のように引用された「甲第五号証の一ないし七」の商標との称呼の類似性を検討した結果、これを否定し右主張を理由がないものとして排斥する判断を示しており、右判断が正当であることは後記4に説示するとおりである。商標の類否判断そのものは、一〇号におけると一一号におけるのとでは異なるものではなく、前記のように本件審判手続では、原告が「甲第五号証の一ないし七」を一一号違反の主張の関係でも引用して本件商標との対比判断を求めているものと解せられるから、本件審決は、一一号違反の主張の関係でも右同様の類否判断をした結果、その類似性を否定する判断をしたものであり、かつ本件商標の登録査定時に至るまで右判断をくつがえすに足りる証拠が認められない以上、右主張をも排斥したと実質上同視して差支えないものというべきである。そうであれば本件審決はその結論において誤りがないものというべきであり、前記のような審理が十分でなかつたことのみをとらえて、本件審決を違法として取消すのは相当とはいいがたい。

4 次に、引用商標(五)、(六)は本件商標より後に登録出願されたものであり、一一号の関係では対比の対象となり得ないから、その余の引用商標と本件商標の類否について検討する。

成立に争いのない甲第一一ないし第一九号証の各一ないし三、第二七ないし第三八号証の各一ないし三、第四四号証の一ないし三、第四五号証の一ないし四、第四六ないし第四九号の各一、二によれば、医療機関が診療報酬支払基金等に対し診療報酬の請求をするに際して、原告製造にかかる注射液「マスチゲンB12注」の略称として「マスチB12」なる用語が本件商標登録出願時(昭和三七年一一月一九日)以前からその登録査定時(成立に争いがない甲第二号証の二によれば、右査定は昭和五四年四月一一日であると認められる。)以降も使用されていることが認められる。

原告は、「マスチB12」について「B12」をも略した「マスチ」なる用語が使用され、ひいて引用商標すべてが取引上「マスチ」と略称されていた旨主張する。しかし、「マスチB12」は前記のように「マスチゲンB12注」の略称であるから、「マスチゲンB12」からなる構成又はそのような称呼を生ずる引用商標(三)の略称といい得るか否かは疑問であるだけでなく、「マスチB12」の略称が用いられる医療機関による診療報酬請求手続が経済取引でないことは明らかである。また、「B12」が原告主張のように「ビタミンB12」を意味するとしても、それだけの理由で、誤用を最もおそれ、可能な限り正確な称呼が必要とされる医薬品について、本件商標の登録査定時に至るまで、右診療報酬手続の際又は仮に「マスチB12」の略称で医師、薬剤師が製薬業者から購入することがあつたとしても、その購入の際に、「マスチB12」が単に「マスチ」と略称されて使用されているとは考えられず、前掲各証拠中にもこれをうかがわせる記載はない(かえつて、前掲甲第一一ないし第一九号証の各一乃至三によれば、原告自身その製品価格表において「マスチゲンB12注」の略称として「マスチB12」のみを掲げ、これを「健保略名」と称していることが認められるのである。)。このように、「マスチゲンB12注」の診療報酬請求手続上の略称である「マスチB12」が更に「マスチ」と略称されるものと認めることはできないし、まして、引用商標(一)乃至(四)について、これらが「マスチ」と略称されるとの原告の主張を裏付ける証拠もない。

もつとも、原告は、引用商標(一)乃至(四)の末尾の称呼がいずれも「ゲン」であることをとらえ、甲第三九号証の一ないし七八を根拠に、これは健康の「元」又は「源」を意味する識別力の乏しい慣用語である旨主張する。たしかに、成立に争いのない甲第三九号証の一ないし七八によれば、その名称の末尾又は中間に「ゲン」なる表現を有する薬剤があることは認められるが、「ゲン」が原告主張のような意味を有することについては右証拠によるも明らかでなく、これが末尾に付された薬品名が取引上同末尾部分を省略して称呼されるのが慣例であることを認めるに足りる証拠もないのである。

このほか引用商標にあつて、「マスチ」、「MASTI」、「masti」の部分をことさら抽出して観察すべき格別の事情も認められないから、これら引用商標も、全体として一連の称呼のみが生ずるものと認められ、したがつて、本件商標と引用商標とは、相違する各音の音構成の差等により称呼上十分区別し得るものということができる。また、両者は、いずれも造語よりなるものと認められるから、観念においても比較すべくもなく、それぞれの構成よりして外観上も相紛れるおそれもないものである。このようにみてくると、両者が類似するものと認めることができず、本件審決の類否についての判断に誤りがあるものとはいえない。

三 そうであれば、前記二3に説示したとおり、その結論において本件審決に誤りがあるものということができないから、その違法を理由に取消しを求める原告の本訴請求は失当としてこれを棄却する。

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